IC

こちらから希望してのICだったけど
主治医でなく内科医からということで
今日は中々に情緒不安定だった
明けの方に目が死んでると言われた
そんなの、もともと、最近は生きた心地かしないもの
最悪、諦めるとか看取りとかの話をされるんだろうかと覚悟して行ったら
若いからと、今の状態が安定したらリハビリ病院への転院の話が出た
医師の見通しとして嚥下が回復するのは難しいんだと
ICの前に特別に会わせてくれたけど、正直あんなに状態悪くなってるとは
反応の鈍さに関しては医師は低活動性せん妄と言っていたけど
上下肢は黒いしパンパンだし耳介に褥瘡があって片方からばかり吸引されるから鼻出血のあともあったし左眼には結膜浮腫
あんな姿を見たら
まだ頑張れと言いたくはない
だからといって    言えない
覚悟してた胃瘻の話が出た
内科医は抜いたら閉じるという
うん、知ってるよ、それは
そうじゃなくて、何もかもダメだった時に胃瘻のせいで生きながらえさせる場面でも、意図的に抜けるのかの話なんだけど、上手く言語化できなかった
最近は抜いてもいいのかな?それなら胃瘻にしてほしい

学ばねぇな

何か心の内をふいっと話したり
将来や未来につながる話をしたりすると
その後は宗教に関連した思考の押し付けがやってくる
前もそうで
ここにも書いて(5/22)
喋るだけ不快になると反省したのに
同じ行動をしたのだから
今回の件については私の落ち度、詰めの甘さだわ

できる限り

生活を整え、父が今まで通りに過ごせるようにしてきた
仕事をしながら洗濯掃除食事、父のシャツのアイロンがけも、起床に合わせて米を炊いて
それなのに
朝生きてること、綺麗なものに触れたこと、人に優しくされたこと、神様に相手に感謝して生きてるのに、その心のあり方も否定をすると?
自分が絶対に正しいと言うのは尊大で不遜で傲慢だとおもうんだけど
え?私が低次元だから?

宗教は心のあり方

なので、どの宗教も否定する気はないんだよ
信じるものは救われるし
父に大事な話があるって言われて
職場の厄除のお守りを捨ててくれと言われた
これは職場で急変や悪化なく患者さんが過ごせますようにというお守りなんやけど
家の中には入ってこないのにダメみたい
私がそれに触れてるのがダメなんだって、なんだそりゃ
宗教観がそもそも違って、私は自分の信じるものが絶対的に正しいとは思わないの
宗教の祈りについて、私は自分の行動言動を振り返り次はこうしようと考え、自分の知る周りの人がその人たちの価値観で幸せであるように祈ってたの
でも、父は自分の知る人が同じ宗教を信心する事が幸せだと考えているみたい(広宣流布)
こうなる前はそれについて祈っていたって
理解不能
日本人って大きな神道の中にいて、そこで宗教を選んでるでしょう
だから神社とか否定できないはずよ
父の宗教観に寄り添うから厄除けのお守りは返しに行くことになったけど
もしもの時に私のせいにされるからね
え、玉置神社のお守りも返すべき?それは嫌
他宗教の方の母が回復するようにという祈りも、父にとっては余計なお世話らしい
私は低次元で生きているから、他人が母のために時間を少しでも割いて祈り回復を願ってくれるのは、それだけで尊いことだと考えるんだけど
悪人が優しくしてくれたらありがとうとはならないらしい
まぁ、それは倫理と信心で別の土俵の話やけど
何かを介していたとしても人の願いを踏みにじる権利は誰にもないのよ

疲れて仕事から帰ってきて頭痛と嘔気を抑えて食事を作って卓についたのに、そんなことで怒られるなんて、なんて理不尽

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